toyotaidの日記

林住期をタイで過ごしています。ここをベースとした旅を綴ります。

2023 古稀のバックパッカー㉙ 北京そしてタイへ帰国

青年旅舎で

 北京行き飛行機の出発が昼から夕方6時に変更された。青年旅舎で少しのんびりでき、ドミトリーの若者と片言の英語で会話する。

 「大卒の失業者の増加が続いている」という中国の記事が以前から気になっていた。そして「若年失業者の増加は中国経済の中長期的な成長力低下につながる恐れもある」と言われているがホントだろうか。確かめたかった。

 ドミトリーにもそんな感じがする漢人の若者がいた。旅をしていると言っているが、長期間滞在し、朝からベットの上でゴロゴロしている。大学は卒業しているが、就職はしてない。ウルムチのこの青年旅舎だけでなく、タビの途中、同じように未就職という青年に4人も出会っていた。

 若年層(16〜24 歳)の失業率は、2018 年以降上昇傾向をたどっており、2023 年 6 月には 21.3%と、過去最高の水準に達した。五人に一人は働いてない計算になる。日本(15〜24 歳)の 4.2%と比べると中国の高さは際立っている。

 それなりの理由があるようだ。中国はこれまで一人っ子政策から始まり、教育熱の拍車がかかり、教育投資が増え、たくさんの高学歴者を生み出してきた。政府の発表によると「2018 年の大卒者が 753 万人であったのに対し、2023 年は 1,158 万人(政府見込み)に達している」とか。

 彼らは、「自分たちが希望するのは、ITや自動車産業のような高給で将来性のある道。しかし採用者数は限られている。一方、企業が求める若年層は、工場や店舗などの現場で働ける者を想定している」と話す。どうもこのミスマッチが失業率に繋がっているようだ。就職先が無いわけでは無いようで、「低給与の職場では逆に人員不足に悩んでいる」と付け加えてくれた。

 一時間程度の会話だった。このような直接的な話しを聞けるとは思わなかった。コロナ以降、中国経済成長の伸び悩みが現実として感じられた。これが貧富格差や国内情勢不安に繋がらなければよいが。日本でも「大学は出たけど」という題名の映画があったことをふと思いだした。

海南航空北京首都国際空港行き

飛行機便変更 トランジットホテル交渉 

 東京から北京までは2100キロしかない。しかし、国内線のウルムチから北京までの飛行距離は東に向かって2400キロ。飛行時間は約4時間にも及ぶ。そして、さらにタイのバンコクまで3300キロを乗り継ぎするのが今日明日の中心行動だ。格安でなるべく乗り継ぎトラブルが少ない飛行機を選んだ。他の飛行機会社に乗り継いだりすると時間がかかるだけでなく余分な出費が出ることもある。これも馬鹿にならない。そんな中で選んだのがLCC海南航空だった。北京首都国際空港で数時間待てば、明日早朝にはバンコクまでひとまず帰ることができる。

 ところが、当日の朝になって、出発時間が変更になった。そのため北京到着後に予定していた夜10時の国際線バンコク行きには乗り継ぎ時間が30分しかない。どう考えても無理だ。ウルムチ空港に行き、さっそく海南航空カウンターに向かう。

 飛行機便の変更手続きは運良く、翌日朝のバンコク行きに空席があるとのことで簡単に席が取れた。次に今晩の北京の宿の交渉に入る。通常、黙っていたらやってもらえない。これは自己申請が原則だ。以前、昆明から西安に国内線で到着、早朝の成田行きに乗り継いだ。到着後、ダメ元で申請したら西安市内のホテルを提供してくれた。広い中国国内からの移動、LCCといえどもこのサービスはある。今回はとりわけ飛行会社側の遅延なので、割と強気に交渉した。ウルムチ事務所から北京のトランジットホテル予約の打診はしているが、北京からの返答が来ないと1時間以上待たされた。昼食を食べてないので、出発ロビーのプライオリティーラウンジにいるから連絡してと伝えたが、結果的に返答なしとのこと。担当者は「おそらく大丈夫だから、北京海南空港のカウンターで確認して」と丁寧に断りを入れて来た。到着してから後は、「なるようになるしかない」と腹をくくって搭乗。

 北京首都国際空港到着21:35飛行機を降りる際、係員が僕の名前を書いたカードを持ってないかと探したが見つからない。海南航空のカウンターを探し、あちこち歩くが夜遅くなっているため担当者がいない。最終的に荷物受け取り場にあるバゲージクレームカウンターを見つけ、トランジットホテルを予約している事情を説明する。内線で電話し、ウルムチから連絡があったことを理解したみたいで担当者が駆けつけて来た。地下に案内され、迎えに来たシャトルバスで移動、空港近くのホテルに入ったのは午後11時だった。

 

 皮肉にも飛行機会社提供の無料のホテルが、今回のタビで一番豪華なホテルだった。きれいなベッドシーツ、アメニティグッズ、バスタブ、ウォシュレットつきトイレ、静かだった。ぐっすり眠れた。そして翌朝6時には、再びシャトルバスで空港まで送ってくれた。なんにも考えずに座っているだけだからホテル名も道順も覚えてない。やはり、人に任せた旅行をすると快適だが、脳の刺激にはならないなー。

このタビで最高のホテルは、航空会社が提供してくれた。

いよいよタイへ
 8:25の飛行機で昼過ぎバンコク到着。いつものようにプライオリティラウンジで昼食とビールをいただき、夕方の飛行機で再びチェンライまで飛んだ。タイからインド・パキスタンそして中国・新疆まで道のりにたくさんの時間を費やし、苦労と思い出を作り出してくれたが、帰途はあっという間の移動だった。家では5匹の犬たちが久しぶりの再会を飛びついて迎えてくれた。

無事、チェンライ空港まで到着した

 さて、この連載、次回がいよいよ最終回。古稀バックパッカーとしてのタビを簡単にまとめてみます。