toyotaidの日記

林住期をタイで過ごしています。ここをベースとした旅を綴ります。

2023 アフターコロナの旅は続くよ(三蔵の道 準備編)



 69歳になる8月から始まる今回のタビは、タイからインド、パキスタンを通過し、パミール高原越えて中国・新疆ウイグル自治区を陸路で移動、最終的にラオスに抜けてタイのチェンライに戻る計画だ。本来なら2020年に予定していたが、コロナウイルスによって、変更を余儀なくされた。

今回のタビ

 3年以上伸びてしまった。たった3年だが、世の中は大きく変わったと感じる。ある日突然、人々は思うように移動できなくなった。今年から少しずつ落ち着きを取り戻して来たように思えるが、やはり以前とは違う。
 その一つが、ビザ査証。海外に入国する許可証とも言える。3年前、日本人向けに中国への短期旅行は、ビザが必要なかった。インドも、空港到着後、申請すれば許可され、パキスタンだけが、事前オンラインVisa申請をする必要があった。が、(2023年6月)現在、3カ国とも事前申請が必要となり、いまその準備に追われている。
 とりわけ中国は、現在の所在地がタイ北部であるため、領事館があるチェンマイに出頭してビザを受け取らなければならない。180キロ離れた街に申請と受領のために車で2度往復する必要がある。オンライン取得できるインド、パキスタンと違う。さらに申請時にホテル予約と飛行機予約証明書を出せという。書類さえ整えばいいのだ。こちらも経験と知恵が働く。
 「パスポートの強さ」と言われる調査がある。ビザなしで外国への渡航が可能な国の数を表したもので、最新の調査結果では「日本のパスポートが世界最強」と評されている。ビザを取得することなくパスポートのみで渡航できる国は現在193か国にもおよぶと言われるがその理由だ。だが、中国の例のように以前はビザ無しで入れた国がそうでなくなってケースは他にもあるのではないだろうか?  ミヤンマーもそうだ。コロナ最盛期、日本も海外からの入国者数制限を加え、入国が難しい国もあった。その反動かもしれない。いま海外に出るのが以前と異なる理由は。決してパンデミックだけではない。不安定な社会情勢、低迷する経済状況の中で、大国の思惑や駆け引きによるものだろう。日本のパスポートはいつまで世界最強を続ける事ができるだろうか。

 

  社会情勢の変化だけではない。3年間タビができなかった結果、予想はしていたが高齢者として、肉体的な経年劣化が起き始めたことだ。

  まず、眼。老眼が酷くなってきた。例えば出入国カードを記入するが、小さい各記入項目がたくさんある。そしてその項目説明(英語)がさらに細かいために読めない。老眼鏡を忘れたら、誰かの協力がないとイミグレを通過できない。そして3年前、木工作業中に切断した右人指。なんとかつなげることはできたが、第二関節が曲がらないために書いた文字がが汚い。なんて書いてあるかと聞き直されることもある。若い時、英語ができない人の出入国カード記入を何回も手伝ったことがあるが、今ではイミグレでお手伝いをお願いできる人を探さかねればならない。
 二番目に厄介なのが、聴力が落ちたこと。親父の家系がそうだったので、予想がしていたが、とうとう来た。一人でいるときはまったく気にかからないのだが、会話には支障がある。何かを言っているのはわかるが、ボワーンとして意味が不明瞭となり、会話ができなくなる。日本語でもそうなのだからまして英語やタイ語での会話はなおさら困難だ。対面だど現場状況や口の動きを把握しなんとか内容を予想できるが、電話などではラチがあかないこともある。だから最近は電話は使わず、メッセージ派となってしまった。タビをする時は、周りの音が聞こえにくくなっているので、事故を防ぐためにも慌てた行動をしないように努力している。
 そして、いちばん気になるのは、この3年で足腰の痛みが増してきたこと。これまでは、安い宿や美味しそうな食堂を探してバックパックを担いで一区画先まで平気で歩いていたが、億劫になり始めてきている。スマホなどを利用して事前に情報取得し、運動量を減らすしかない。また長距離バスや列車での移動も長時間曲がった姿勢でいると膝に影響をあたえる。
「昔だったら簡単にできたのに」「夜行バスや列車を乗り継いだのに」「重いパックが持てたのに」とタビの前から不安が頭を過る。若い頃、未知の世界に飛び込む不安とはちょっと質が違う暗い感情だ。
 と、ここまで書いていると、「もうタビを止めたら良いのに」と言われそうだ。

 

それでもタビをするには、どのような心の持ち方が必要だろう。

 若いころのようにうまくはいかないことを、逆に面白がるしかない。効率やスピードを重視していた若い頃のタビでは見えなかったものが見えてくるに違いない。好奇心はまだ残っている。趣向は変わったが、若い時に負けないくらいある。
 13年前にカミーノ巡礼に挑戦、フランスからピレネーを越えてスペインのサンチアゴまで900キロを1ヶ月かけて歩いた。その時、足の不自由な方がゆっくり挑戦する姿に遭遇した。「常人でも大変なのに、、、」とその時は思ったが、恐らく、彼は私とは違う景色、風景が見えていたのだろうと今になって理解できる。

両足義足の彼もカミーノを歩いていた。


  少しぐらい体力が落ちても、時間をかければできないことはない。体力が半分に落ちたのなら、倍の時間をかければできる。そこで「やってられないな」と考えるのではなく、「面白いな」と考える事ができるか、自分への新しいチャレンジでもある。