toyotaidの日記

林住期をタイで過ごしています。ここをベースとした旅を綴ります。

2023 古稀のバックパッカー ⑩チトラル(カラーシャの村へ)

 ペシャワールから次の目的地、チトラルに夜行バスで向かう。玄奘三蔵が歩いた道から少し横道に外れるが、ここで生活し、カラーシャ族を支援している「わだ晶子さん」を訪ねるのが目的だ。

ペシャワールとチトラルをつなぐ夜行バス

 この世界では有名なわださんとは直接お会いしたことがなかったが、芸能人と同じ名前なので一度聞いたらすぐ覚えることができた。共通の友人である陶芸家の橋本白道さんが亡くなる前に繋いでくれた。「パキスタンに向かうなら、ぜひ訪ねてみて」と言われ、「それならコロナが終わったら一緒に行きましょう」と橋本さんとはやり取りしていた。彼はブラジルの陶芸家の育成を目指して南米で講習会を開催したり、地元、島根県美郷町に招いて研修を実施していたが、昨年、志半ばで病魔に倒れ、コロナ禍の中でお見舞いにも行くことができなかった。

 チトラルは、1971年まではヒンズークシュ山脈の山のなかの閉ざされた藩王国だった。ペシャワールから夜9時のバスで出発。アフガン国境に沿って北上する。検問があるからと、ただ一人の外国人である僕のパスポートは運転者預かり。バスは中型バス。大型バスでは通れないと乗客が話している。これからの道がある程度予想できる。深夜、急に道路が明るくなり、直線をすっ飛ばしている。どうもロワリ・トンネルのようだ。 約10キロの長さに及ぶ。2017年に完全開通した。「トンネル開通前は九十九折の高度3200メートルの峠越え、冬場には積雪のために通行不能もあった、同じ州内のペシャワールへの道のりをそれまでは14時間要していたが、半分になった」と、隣席のパキスタン人が教えてくれた。地図でもわかるように、アフガン国境にチトラルはある。そのため昔はアフガニスタン・ジャララバードから国境超えがペシャワールへの通常のルートだったそうだ。

 夜行のバスは、思ったより快適だった。夜半、食事休憩。ここでも隣席のパキスタンのおじさんが食事をごちそうしてくれた。遠方の客のおもてなしはペシャワールと同じだ。深夜、トンネルをすぎて坂を下っていると、チトラル方面から来たピックアップ車がスタックして動けなくなっている。工事中で一車線しかないので交差出来ない。乗客と一緒に人力で車を引っ張り上げ道路幅を確保する。皆、作業に慣れている。トンネルができる前はこんな事は日常茶飯事だったのだろう。40年前、雨期にタイ北部少数民族の車で訪ねた頃のことを思い出す。悪路では車より歩く人の方が早い。

スタックしたピックアップ車を乗客で引き上げる

 山肌に朝日が差し始める。バスは近くのモスクに停車。運転者も乗客もの手足を清め、ズフルのお祈り。明け方6時に、チトラルの一つ手前のアユムという町で、僕はバスを降りた。わださんがいるルンブール谷に向かうためにジープへ乗り換える。事前連絡したサイフラーゲストハウスのマネージャーのヤシールが約束通り待っていてくれた。

 遠く山頂に万年雪を冠ったヒンドゥクッシュ山脈最高峰のティリチミール山(7708m)を見ながら、谷の岩肌を削った道をチトラール川の支流に沿って登る。落石やがけ崩れに至るところで遭遇、重機が道路に停めてある。ガードレールもない道を運転手は両手で固くハンドルを握る。川に落ちたら無事では済まないだろうと思いながらビデオを取ろうと思うが、車が岩を避け、穴にハマるのでうまくカメラを回せない。

岩肌を切り抜いた道をジープで進む

 わださんがいるルンプール村に近づくが、大雨が降ったため道が陥没。ジープは川の中に石を積んで作られた補修路をわたり、村に入る。ゲストハウスまで20㌔超えの距離だったが一時間も費やした。

 山の斜面に木材を使ったカラーシャの家々が見えてくる。家の前にはテラスがある、そして家々から朝食の準備をするのだろうか煙が上がっている。女性たちは民族衣装を日常として着飾っている。ペシャワールの高温が嘘だったように快適な気候。やはり桃源郷だ。睡眠不足だったが、ホッとした。

斜面にへばりつくようなカラーシャの家々

朝、学校に向かうカラーシャ族の子どもたち

 インダス川の支流、チトラル川。更に奥の支流にあるルンブール谷。それにしても遠かった。アフガニスタンのヌーリスタン州は目と鼻の先だ。政治情勢が不安定な中で、奥深い谷でひっそりと長い間生活を続けているのは、豊富な水と外敵から防御できる地理条件と感じた。

 

 地元の男性と結婚し、1980年代後半から住み続けるわだ晶子さんとカラーシャ族の生活については、次回につづく。

参考:カラーシャ族については、わだ晶子さんのブログをどうぞ

カラーシャ族とは/ About the Kalasha tribe - Kalasha カラーシャの谷-わだ晶子のページ