toyotaidの日記

林住期をタイで過ごしています。ここをベースとした旅を綴ります。

飛行機を使わない旅〜タイから日本まで〜10

430日 旅の理由

421日、タイを出発、ラオスを通り抜け、中国の昆明成都西安、天津、瀋陽、丹東、韓国の仁川、ソウル、釜山、日本の下関、山口を通過して、ホームタウンの島根県益田市に到着した。
30年前、中国から移動してきた山岳民族とタイで出会い、いずれは陸路でタイから雲南省に行きたいと思った。当時、パスポートを持っては叶わない夢だった。一方、
20年前から北朝鮮からの脱北者グループが陸路でタイを経由して韓国に向かい始めた。島国に育ったせいか、広い大陸にはそれぞれの国家、そして宗教、民族によってきちんと線が引かれ、それらは壁や階段のような形になっていると錯覚してしていた。飛行機で移動すると、一気に別世界に来たような感覚になるが、この度はスロープの上を歩いたようで違和感はなかった。残念ながら北朝鮮の壁を除けばの話だが。確かに国境ではパスポートを使って関所を通るが、現実には長い国境線のすべてを管理できない。「関所やぶり」は可能だし、近くで暮らす人々は自由に跨いでる。多言語を操り、多様な生き方に合わせる知恵も持っている。管理が行き届いた国家では難しそうに見えるが、そうでないところでは人々は思ったより自由に動いてる。あるいはそうすることが生き残る道となる。

 今回の旅で学んだ一つのことは、「どんなところでも、人々は生きていること。そして自分の足でどこにでも行ける可能性があること」。当たり前のようだが、島国に住み、限られた言語情報の中で暮らしていると忘れてしまう。今の日本に住む若い人たちは、残念ながら沈没に向かう船に乗っているように感じる。我々世代の責任でもある。日本人的な考えだと船を修理するために頑張ってもらいたいが、船から早く逃げることも選択肢の一つだろう。海の中に飛びこむというのは勇気がいるが、飛び込んでみると案外、溺れないのでは。大陸の人々は、そうして移動してきたし、生き残る道を探して今も動いてる。

旅の理由は、やっぱりまだわからない。でも、自分の中にある何かがそれをさせようとしていることは確かで、時間が経てばはっきりするだろう。過去の旅もそうだった。躍動するアジアを自分の目で見て、一人でゆっくり考えていくことは残り少ない人生の糧と今後の自分の動きの判断にも影響するだろう。60歳を越え、"足腰が元気なうちに"思った旅だが、はっきり言うと、そんなに辛い旅ではなかった。それは中国の交通網の発展のおかげかもしれない。道に迷ったりしなかったのもスマートフォンのおかげかもしれない。荷物が盗まれたり、騙されてたりしない。そんなことに神経を使わなくなった経済発展も大きいだろう。それが良いこととは、一概に言えないが。

夕食、自宅で久しぶりに刺身を食べた。日本酒の熱燗と刺身がうまかった。(おわり)

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実家近くの温泉で足湯につかる